ここは宇宙ステーション「ヘルタ」シャドウギャラリー。
ミス・ヘルタのプライベートコレクションルームであり、様々な奇物が収容されている。
人通りの少ない深夜、僕はいつも通り床の掃除をしている。
いつもはゴミ一つ無い綺麗な宇宙ステーション。
だが今日は何かが違う。
醜い笑顔でこちらをあざ笑うかのようにガムがくっついているのを見て、軽く舌打ちした。
ミス・ヘルタの完璧な宇宙ステーションを汚すなど死に値する愚行である。
僕はガムの状態を確かめようと這いつくばる。
すると聞き慣れた足音と共に誰かが僕の前で立ち止まった。
ヘルタの声が、軽く響く。
「何をしているの? こんなところで」
彼女は軽蔑の眼差しで僕を見下ろし、その美しい素足が視界を占めている。
「立ちなさい」
どうしてこんな時間にミス・ヘルタが?!
しかも声をかけてくれるなんて。
おかしい、これは奇物がもたらす幻影であると自分の思考を騙した。
「あなた、聞いてるの?」
ヘルタは僕がガムを取ろうとしていることに気づいた。
「こんなことに時間を費やさなくても大丈夫よ。あなたは他にやってもらいたい事があるの」
ヘルタはそう言ってゆっくりと部屋の中央へと歩みを進める。
「私についてきて」
僕の返事を待たずヘルタは扉を出て行ってしまった。
慌ててヘルタを追いかけると、彼女は突然ハンマーを振り回した。
鋼鉄の積荷が音を立てて崩れていく。
彼女の機嫌を損ねてしまったのだろうか?
僕は恐怖と動揺でおろおろとしてしまった。
何も考えるな、仕事をしればいいんだ。
自分に言い聞かせ、散らかったゴミを掃除していると、ヘルタが声をかけてきた。
「あなた、自分が恥ずかしくないの? 自分の能力をトイレに捨てるような事はやめて」
「これが僕の仕事ですから」
僕が答えるとヘルタは俺を指さしてこう言った。
「じゃあそれも片付けておいて」
僕を片付ける?
確かに、大科学者である彼女にとって僕は取るに足らない存在。彼女の時間を無駄にした事を僕は酷く恥じた。
「わかりました……この失態は、許せませんよね。切腹いたします」
僕は自分の腹に刃を当てる。
「待って、あなた何してるの?」
ヘルタは僕の行動を見て溜息をつき、ハンマーを下ろした。
「あなたって、本当に何もわかってないのね。私が片付けてと言ったのは、レギオンよ」
振り返るとそこにレギオンの残党がいた。
不覚にも、レギオンの気配に気づけなかった。
僕は焦りながら銃を手にすると、レギオンを掃除した。
「あなたって本当に馬鹿ね」
ヘルタは呆れて言った。
「でも……やっぱりあなたは一般人じゃないよね。まあいいわ。私は忙しいから、他のレギオンの残党も掃除しておいて」
ヘルタはそう言い残し、プライベートコレクションルームへと歩いて行った。
僕のような凡人に、ヘルタが話しかけてくれるなんて。感極まって泣きそうになった。
「ヘルタ様……今日もきれ」
「何? 用がないなら話しかけないで。それとも、もうレギオンを倒してきたわけ?」
しまった! 心の声が漏れてしまったようだ。
僕は扉が閉まるまで彼女の後ろ姿を見つめていた。
その立ち居振る舞いは、まるで天から降り立った天使のように美しい。
あらゆることに精通する彼女はいつも僕に新たな気づきを与えてくれる。
そんな思考を巡らせながら、僕は晴れやかな気持ちでレギオンの残党を掃除した。